中野重義について
写真家、中野重義(なかの しげよし)氏は、戦後の日本、特に横浜近郊の社会史の一端を記録した重要な写真群を残した人物として知られています。しかし、その経歴や活動の全貌については断片的にしか明らかになっておらず、多くの点が謎に包まれた写真家です。
主な功績:児童養護施設「ファチマの聖母少年の町」の記録
中野氏の最も特筆すべき功績は、児童養護施設「ファチマの聖母少年の町」の様子を詳細に記録した一連の写真群です。この貴重な記録写真141点は、横浜都市発展記念館に寄贈されており、戦後史を物語る重要な資料として収蔵されています。
「ファチマの聖母少年の町」とは
「ファチマの聖母少年の町」は、戦後の1955(昭和30)年、神奈川県大和市南林間(当時の大和町)に設立されたカトリック系の児童養護施設です。主に、進駐軍兵士と日本人女性の間に生まれた、いわゆる「GIベビー」の男児たちを保護・養育する目的で開設されました。
当時、こうした子供たちは強い偏見や差別に晒されており、施設は彼らにとって安住の地であると同時に、社会の複雑な一面を映し出す存在でもありました。施設は1971(昭和46)年にその役目を終え、閉鎖されています。
中野氏が撮影した写真は、この施設で暮らす子供たちの日常や、施設のたたずまいを捉えており、戦後日本の社会情勢や人々の生活を知る上で、他に代えがたい視覚的証言となっています。
公開された活動
中野氏によって撮影され、横浜都市発展記念館に寄贈された写真は、以下の機会に公開されています。
企画展関連展示「聖母愛児園分園『ファチマの聖母少年の町』の記録」
期間: 2018年10月6日~12月24日
会場: 横浜都市発展記念館 1Fギャラリー
この展示により、中野氏の記録した写真が公の場で紹介され、その歴史的価値が改めて注目されました。
未確認の情報
国展(国画会)への所属: 日本の美術団体である国画会の写真部会員名簿に「中野重義」という同姓同名の人物が記載されています。しかし、この人物が「ファチマの聖母少年の町」を撮影した中野氏と同一人物であるかについては、現時点では確認が取れていません。
写真家・中野重義氏の生没年や出身地、写真家としての詳しい経歴、また「ファチマの聖母少年の町」をどのような経緯で撮影することになったのかなど、その人物像には未だ不明な点が多く残されています。しかし、その功績は、特定の歴史的・社会的なテーマを深く見つめ、後世に伝えるという写真の重要な役割を体現したものとして、高く評価されるべきものです。