国際養子縁組と聖母愛児園

 聖母愛児園は、戦後の混乱期において、特に「混血孤児」(GIベビー)と呼ばれる子どもたちの養育と、彼らの国際養子縁組において重要な役割を担いました。

設立と背景:

 聖母愛児園は、戦後、駅や道路に置き去りにされた乳児や、進駐軍兵士と日本人女性の間に生まれたものの、親と暮らせない子どもたち(GIベビー)を積極的に受け入れました。
 当時の日本では、混血児に対する社会的偏見が強く、彼らの生活環境は非常に厳しいものでした。聖母愛児園は、カトリック系の「聖母会」の精神に基づき、これらの子どもたちに安心して生活できる環境を提供しました。
 1951年のサンフランシスコ講和条約締結時までに、1062人もの子どもを預かり、その中には多くのGIベビーが含まれていたと記録されています。

国際養子縁組の役割:

 聖母愛児園は、保護した子どもたちの一部を、アメリカをはじめとする海外の家庭との養子縁組によって新たな生活を始めるための橋渡し役を担いました。
 特に、昭和25年(1950年)から昭和35年(1960年)までの間に、アメリカの家庭との養子縁組が盛んに行われ、約250組の縁組みが成立し、多くの子どもたちがアメリカへ渡っていきました。
 養子縁組のプロセスには様々な経緯があったことが記録されており、比較的良い状態の児童から順に渡米していったとされています。施設に残った子どもたちの中には、渡米した子どもたちを羨望の眼差しで見送る者もいたという記述もあります。

養子縁組関連書類:

・戸籍謄本(児童)
・引渡書(実母の署名と拇印あり)又は証明書(実母の署名と拇印あり)
・宣誓供述書(養父母)氏名・生年月日・家族情報他
・結婚証明書(養父母)
・宣誓供述書(養父母)現金・財産・月収
・給与証明書(養父母)
・在職証明書(養父母)
・洗礼証明書(養父母)
・履歴書(養父)結婚履歴・国籍・民族系統・宗教等情報含む
・推薦状(上官)
・推薦状(チャプレン)
・養子縁組許可(神奈川県知事)
・養子縁組許可(アメリカ総領事)

子どもたちの状況と心情:

 多くの子どもたちは、家庭の生活に入ることを強く望んでいました。しかし、養子縁組が成立して海外へ行く子どもがいる一方で、施設に残された子どもたちは寂しい気持ちを抱くこともあったとされています。
 「将来自分もやがては外国へ行くのだというあわい希望」を抱く子どもも多かったと推測されます。

記録と情報提供:

 聖母愛児園には、入園児童の名簿や来歴、養子縁組に関する資料などが保存されており、当時の子どもたちの詳細な情報が記録されています。
 現在でも、海外に養子に出た元園児が自身のルーツを知りたいと問い合わせてきた際には、情報提供などの対応を行っています。これは、当時の「混血孤児」問題が現在も続く社会問題であることを示しています。

 聖母愛児園は、戦後の困難な時代において、多くの子どもたちの命と未来を守り、特に国際養子縁組を通して彼らに新たな人生の機会を提供した、非常に重要な役割を果たした施設であると言えます。